結婚は人生の墓場である
北欧のことわざ
この言葉を聞いたことがない男性はいないでしょう。
皆さんが結婚に二の足を踏む元凶であるこの言葉について、墓場に入って3年目の男性が現地レポートをお伝えします。
率直に申し上げると別に人生の墓場では無いと思います。なんなら結婚前より人生が始まっています。
一方で「終わったな」と感じる事もあり、冒頭の言葉も完全な間違いではないと言えます。
その違和感考えていた時に、ふと頭に浮かんできたのが「結婚は青春の墓場」という言葉でした。
埋葬ミスです、ご遺体を取り違えてしまったみたいですね。大事じゃねぇか。
せい‐しゅん【青春】
夢や希望に満ち活力のみなぎる若い時代を、人生の春にたとえたもの。青年時代。「青春を謳歌おうかする」「青春時代」
つまり、結婚によって人生の季節が少し進みます。
青春は楽しい
この青春、とにかく楽しい。すべてが自由です。
進撃の巨人終盤のエレンやエンタの神様の犬井ヒロシぐらい自由です。
多少体調を崩そうが、死にさえしなければまぁなんとかなります。衝動的に仕事を辞めてスポットワークでダラダラと200日程度連休を取るのもいいでしょう(実体験)。
職場において責任を回避するのも楽勝です。社内政治や根回しを避け、出世街道から外れながら、ダラダラと生きていく事が永遠にできるのでは?という気持ちにすらなります。
また、真面目に仕事を頑張るパターンでもかなりイージーなのが青春です。なにかミスっても叱ってもらえますし、たいがいは叱られるだけで済みます。
さらに、「やーめた!」もできます。電話一本、2~3万円払えばその日から職場に行く必要はありません。その責任は青春を終えた上司が取ります。
もちろん、性愛もかなり自由です。初対面の女性と関係を持とうが、複数人と並行して交際しようが、風俗店に行こうが、法的に問われることは無いでしょう。現代には加速装置もありますし。
俺がそんな行為をしていたと思われると嫌なので、念のため言いますがやってませんからね
友人関係も自由です。思い付きの当日、飛行機乗って旅行しても文句を言われません。思い立った30分後には生ビールで乾杯していたりもします。
こう思い返すと、無責任なドーパミン的幸福が「青春」の正体であるように思います。
そんな「青春」を葬り、「人生」が産まれるのが「結婚」ではないでしょうか。
人生が始まる
人生が始まってから見える景色は青春時代とは大きく変わります。変わりました。
どれだけストレスフルな内容であろうが、振られた仕事はやりきる「責任」が発生します。「やーめた!」をすると困る人がいるからです。社内の会議でも「まぁとりあえずやり過ごすか」ができません。メンドクサイを覚悟で議論をする必要が出てきます。
性愛も法律で縛られます。ビデオボックスが街に溢れていることからも、自慰行為すら制限されることは想像に難くないでしょう。
突発的な飲み会などもってのほかです、「○○日の××時から△△と遊んでくるよ」と2週間前、遅くても1週間前にはパートナーに伝える必要があるでしょう。
まだあります。
子供、住宅、両親の老後・・・遠い未来だと思っていた将来が実感を伴って現れます。現実というやつです。
それらに付随する公的な制度や金融についての知識を学ぶ必要も出てきます。となると政治の知識も必要になります。
青春には必要なかった、必要だが見えていないふりをしていた物に目を向けざるを得なくなります。
青春が終わる、人生が始まる。
映画「何者。」プロモーションより
これは就活生の苦悩を描いた映画のPR文ですが、私は青春の終わりは就活ではなく、結婚だと思います。
人生で得られるもの
楽しい楽しい青春が終わった一方で、始まった人生でしか得られないものもありました。
メンドクサイ事を放り投げずに仕事をしていると、感謝してもらえる事が増え、よりやりがいのある仕事を頼まれるようになりました。給料もちょっと増えました。
政治や経済についての知識が増えることで、国に納めるお金を最小限にしながら、国からお金を取り返せるようになりました。また、投資によって少し贅沢ができる程度のお金を増やすことができました。
何よりも家が楽しい場所になりました。青春時代、楽しさは外にありましたが、家が楽しいのです。
花火の刺さったケーキは出てきませんし、切られた果物の乗ったカクテルもありません。蓋を開けたら煙が出てくるジビエもないです。
コンビニで買ったアイス、ストロングゼロ、チキンを食べながら妻と踊っている時間が楽しいのです。
思うに、セロトニン的幸福が「人生」の正体ではないでしょうか。頼られる、任される。そういった信頼関係による他者との繋がりを嬉しいと思えた時、人生が始まったような気がします。
ここまで書いて思ったのですが、「結婚し、子供を持った人間を優先的に出世させる」というシステムはあながち間違いでは無かったのではないでしょうか。
「家族や住宅ローンがあるから簡単には辞めないだろう」という人質的な側面は決して小さくはないでしょう。
しかし、「青春」という自分本位な時間を葬り、「人生」を始めた人間への期待と信頼がそこにはあったのではないでしょうか。

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